宇喜多忠家

Ukita Tadaie

宇喜多忠家(うきた ただいえ 1533年〜1609年?)は、宇喜多直家の異母兄弟で、秀家の叔父にあたる人物。若い時から直家の右腕として活躍し、兄の死後は甥である秀家の補佐に尽くし、陰に陽に宇喜多家の隆盛を支えた。

通称、七郎兵衛。明禅寺合戦、上月城の戦い、備中高松城の戦い、碧帝館の戦いなど常に戦の前線に身を置くことを好み、毛利氏や織田氏といった戦国のスターたちと幾度となく干戈を交えるなど宇喜多家中でも屈指の戦歴を誇る。

一方で晩年は連歌会や茶の湯を嗜むなど風流な一面を見せた。

羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)の軍門に降って後は直臣に取り立てられ、その死に際しては遺品を頂戴するなど、豊臣家との縁も深い。

 

現代においても、ビールを飲むためにドイツまで行ったり、古代ローマの遺跡を見聞するためにイタリアに行ったりなど往時の行動力そのままで世界各地を訪れている。
好きな言葉は「常在戦場」、「虎穴に入らずんば虎子を得ず」。

 

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