角南 友行

Sunami Tomoyuki

角南 友行 (通称は覚右衛門、隼人)

美作国英田郡江見荘の国人。
角南伊賀守の子として生まれ、兄弟に角南重義がいる。
美作国英田郡の大畑城主。

1579年の美作三星城攻め、
1582年の備中高松城攻めなどに従軍した。
宇喜多直家の死後は子の宇喜多秀家に仕えて1520石を知行し、本丸御番衆の一人となる。
1590年、宇喜多秀家の下、
これまで石山に築造されてた岡山城は狭隘で構造も不十分な事から、その縄張りを大幅に改変して城郭の増築と城下町の造営も推進した。
城の普請には秀吉の指示を仰いで、本丸を石山から東方の岡山に移し南に大手を構える縄張りとし、城普請には家臣の角南友行を総奉行とした。

角南

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